Jan 10, 2009
週末のみ、救急病院の当直医の求人情報
土曜日や日曜日には、救急病院には、多くの救急患者が訪れます。そこで緊急治療室の医師求人の間週末限定当直医の募集もあります。週末の救急病院は、深夜にも忙しい場合が多いのですが、1日につき5万ウォン以上に魅力的です。週末限定の医師の求人情報を探している人には最適だと思います。特に、平日に他の病院に勤務する人にはオススメです。仕事を好きな看護師の求人は多くの大変な仕事でもこなせる精神力のたくましさを感じました。ただでさえ仕事が好きな看護師の採用もあるかもしれません。そして、多くの方々は、その仕事に誇りを持って仕事をするようです。それだけに、安心して頼ることなのかも、しれません。また、それほど大変なようです。
枝野幸男官房長官と民主党の玄葉光一郎政調会長(国家戦略担当相)が7日午前、自民党本部を訪れ、同党の石破茂政調会長らと会談し、東日本大震災に関する同党の緊急提言に対する政府の対応を伝えた。被災者の生活や被災企業の事業を維持するために自民党が提言した「思いやり基金」に関し、政府側は「検討したい」などと回答した。
会談後、玄葉氏は記者団に「震災対応と補正予算は密接に関連するので、当然、自民党としっかり話し合うことが大切だ」と述べ、連携に意欲を見せた。石破氏も「被災者にとっては与党も野党もない。(補正の)規模や財源もできるだけ一緒にやっていきたい」と記者団に語った。
民主党政権の閣僚が自民党本部を訪れるのは極めて異例だが、石破氏は「誠意の表れだと思う」と評価。枝野氏は会見で「詳細で建設的な提言をいただいたので、政府としての対応状況を回答した」と説明した。自民党内では大連立に向けた機運がしぼんでいるが、改めて関係を構築したいという思惑も政府側にはありそうだ。
緊急提言は167項目あり、自民党の谷垣禎一総裁が3月30日に首相官邸を訪れ、菅直人首相に提出していた。自民党は回答を受けて2次提言を来週にも提出する。【野原大輔、影山哲也】
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カン、カン、カカンと軽快な「スコップ三味線」のリズムが6日、避難所となっている岩手県陸前高田市立長部小に響き渡り、校庭に笑顔があふれた。
【東日本大震災 図説集】
披露したのは、陸上自衛隊青森駐屯地第5普通科連隊の吉崎博昭広報陸曹。スコップを三味線に見立て、バチ代わりにスプーンを振るって、歌謡曲やアニメソングなど8曲を披露。被災者たちは手拍子でリズムを取り合った。
「笑いと元気を被災地の皆さんに」。それが吉崎さんの思い。救援活動の傍ら、各避難所で披露している。この日、スコップ三味線を体験した新4年生の三嶋凪君は「だんだん面白くなってきた」と笑顔。新5年生の熊谷尚俊君も「これからもっとつらくなるかもしれないけど、頑張ってください」と自分に言い聞かせるように吉崎さんを逆に励ました。【兵藤公治】
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震災で津波被害を受けた岩手県宮古市の田老港に無傷の漁船が1隻だけ停泊している。漁師の下西文一(ぶんいち)さん(73)の小型船「かつ丸」。地震直後、港にいた下西さんが沖に出航して間一髪、被災を免れた。下西さんは漁からの引退を考えているが、壊滅した港につながれた「奇跡の漁船」を誰かが引き継ぎ、復興の先頭を切ってほしい。そう願っている。
「津波の時には沖に出ろ」。下西さんは港で大きな揺れを感じた瞬間、96歳でこの世を去った父孫次郎さんの言葉を思い出した。漁師だった孫次郎さんは1933年の昭和三陸地震津波で船を沖に出して無事だったという。考えるよりも先に体が動いた。近くにあった自転車をこいで、200メートル先に停泊してあった「かつ丸」に飛び乗った。「自宅のかかあ(妻)も気になったけど、自分と船を助けるにはこれしかねえ、と。漁師には『船は命』だから」
水産庁防災漁村課が06年に作ったガイドラインでは、津波が来た時、漁港周辺の漁船は(その方が早ければ)水深50メートル以深の海域に避難するように定めている。
3キロほど沖に出て陸を振り返った。見たこともない巨大な波が港をのみ込むのが見えた。「悪い夢を見ているようだった」。港に近寄れない。上陸できたのは、食料が尽きた3日目の朝だった。
かつ丸は90年進水。船名は妻勝(かつ)さん(68)の名前から付けた。その勝さんとは宮古市内の病院で再会。濁流にさらわれたところを若い男性に救い出されたらしい。「おれらは幸運だった」。喜びもつかの間、漁師仲間の悲報を相次いで聞き、途方に暮れた。
港に500隻以上あった漁船はほぼ全滅した。養殖ワカメやウニ、アワビで知られた港の面影はない。復興には時間がかかりそうだ。「この年齢だから、もう船には乗らねえ」。引退を決めた。
港につながれた「かつ丸」は、次の乗り手を待つかのように波に揺られている。「誰か乗りたいって言ってくれればなあ」。下西さんは、復興を担う若い世代に「命」をバトンタッチする日を待っている。【伊澤拓也】
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